集平リモート・セミナリヨ レポート
第16回
『アロくんとキーヨちゃん』を語る
2024年7月17日
1990年 ブックローン
集平さんの東京時代最後の絵本『アロくんとキーヨちゃん』。帯に「この本はあのレオーニの名作『あおくんときいろちゃん』ではありません。おまちがえなく。ご注文の際には発音を明瞭にお願いいたします。」と注釈が添えてあります。集平さんがレオーニのどこをどうパロディにしたのか、比べて読んでみるとよく分かると思いますというお話のあとに『アロくんとキーヨちゃん』の朗読からスタートしました。
『あおくんときいろちゃん』(1959年)は、レオーニが初めて出した絵本です。オランダ出身のユダヤ人、レオ・レオーニはイタリアで暮らしていましたが、ヨーロッパを席巻したファシズムとユダヤ人迫害から逃れアメリカへ亡命。イタリアで学んだ現代美術の知識や技術を活かしニューヨークでデザイナーとして大活躍します。ある夏、家族で避暑に出かけます。多忙なレオーニはそこでも仕事をしようとしますが、孫たちがやかましくて集中できない。そこで「おじいちゃんが面白い話をしてあげよう」と言って地面に棒で丸を書きながら「これがあおくん、これがきいろちゃんだよ」とお話を始めます。デザイナーらしく、あおくんときいろちゃんがくっついて緑になるという話をしました。話し終えると孫たちは落ち着き、レオーニは仕事に戻れたそうです。自分が絵本を描くことなど考えたこともなかったレオーニですが、たまたま編集者にこの話をしたのがきっかけで出版が決まり、印税は2人の孫に贈ることになりました。
1958年から1959年のアメリカはロックンロールの全盛期、モダンジャズやモダンアートの時代。『あおくんときいろちゃん』は若者に受け入れられて、男の子が女の子に「Let us be green(緑になろうよ)」とメッセージカードを添えて贈るのが大流行したそうです。子どもだけのものと考えられていたアメリカの絵本が世代を超えて愛される、新しい絵本の時代を作った最重要作と言えると思います。が! 30年後の長谷川集平はこの絵本のパロディを作ってしまいます。なぜかと言うと…ぼくはアメリカで始まったこういう時代はもう終わっていると感じていたからです。1950年から70年初めの「緑の時代」、愛と平和と自由を求め、ウッドストック・フェスティバルに何十万人の若者が集まった時代です。その楽天性、性善説を70年代中ごろに出てきたパンク・ロックが否定する。緑の時代から黒の時代へ、世界はどんどんタフになっていく、その中にいる自分が描くなら緑ではなく黒の絵本だろう。
前作のヨット三部作(1987年)から、『アロくんとキーヨちゃん』(1990年)までの約3年間、集平さんはそれまでに書いてきた評論を数冊の本にまとめ、小説を書きました。
『絵本づくりトレーニング』(1988年)、『見えない絵本』(1989年)、『こじこじ映画館』(1989年)、『映画未満』(1990年)、『絵本未満』(1990年)、『音楽未満』(1991年)…これらの著書は、長崎に移り住むことを決めた集平さんの東京への置き土産、遺言でした。80年代は評論の仕事で学ぶことも多かったそうですが、「この子たちに必要なのは映画ではなく私です」と映画の中で語るマザー・テレサに衝撃を受け、評論はこれぐらいにしておこう、作る仕事に戻ろうと心に決めます。東京最後の数年間に身辺整理をしながら描いたのが『アロくんとキーヨちゃん』だったのです。
『あおくんときいろちゃん』では、青と黄が重なり緑になる。2人は夢中になり自分の色を忘れてしまいますが、この子はうちの子じゃないと親が家に入れてくれない、2人は泣いて泣いてそれぞれの色を取り戻します。レオーニはシアン(青)とイエロー(黄)を使いますが、三原色にはマゼンタ(赤)もあるじゃないか、と集平さんは思います。三原色を混ぜると黒になる、それを描かないのはキレイゴトじゃないか。青と黄を混ぜても緑に似た色(=キレイゴト)しかできないけれど、そこに赤が入るとほとんどの色が作れます。ここで青黄赤の3色だけで描かれた『大きな大きな船』(2009年)を紹介。父親と母親と子ども3人家族の物語なので、青と黄と赤の絵の具だけで描いたのだそうです。『アロくんとキーヨちゃん』よりもずっと後に描いた絵本ですが、もう一度、世界を表現するためには青と黄だけではなく赤が必要なんだということを確かめたかったそうです。
ここで『アロくんとキーヨちゃん』のトビラの裏の献辞を紹介。
レオさんとモヨコちゃんへ。モヨコちゃんが歌ってましたっけ。「闇の中は居心地がいいけれど醜いものが見えないだけだ」
ここに出てくるモヨコちゃんとは誰でしょう...。それは筋肉少女帯の大槻ケンヂが夢野久作の『ドグラ・マグラ』という怪奇小説に出てくる美少女モヨコからとった別名です。大槻モヨコと彼は名乗ることもあったのです。長崎のタウン紙に描いた集平さんの音楽履歴書の中にも、筋肉少女帯の名前があります。『アロくんとキーヨちゃん』を描いた1989年ごろの大槻ケンヂは天才だったと集平さんは言います。ここで、献辞で引用された一節のある筋肉少女帯の「夜歩く」を聴かせてくださいました。フリップにはアロくんとキーヨちゃんが懐中電灯で闇を照らしながら歩くシーンが。
絵を勉強していた高校生の集平さんが映画監督の叔父・浦山桐郎さんにデッサンを見せた際、「形はうまく描けているけれど光が描けていない、光を描かなければいけない。暗いところをちゃんと見て、影をきちっと描きなさい」と言われた、それはぼくにとって啓示だった。以来、影(陰)にこだわって絵を描いてきました。物語を書くときもそうしてきました。光を描くために影(陰)を詳細に描く。その光がどこから来るのかを知らないままそうしてきたのだけれど、1987年にヨット三部作を描いた後にカトリック教会で洗礼を受けた時に、天から射す光だったのだと気がつきました。
ヨット三部作の最終章『プレゼント』の村上康成さんの絵で、海を遠くまで照らしていた灯台の光がぐるりと回って老人を照らします。世界でも最も眩しい絵の一つではないでしょうか。最後のページでは、一直線に遠くまで光を届ける灯台が、ぐるりと回って読者を照らします。『アロくんとキーヨちゃん』のアロくんは手に懐中電灯を持ち夜の闇を照らしながらキーヨちゃんを送って行きます。アロくんの手の懐中電灯はもうひとつの灯台です。ぼくは絵本を描く時にはいつも、この絵本が読者の中を照らす懐中電灯になればいいなあと思っています、というお話で講義部分を終了しました。
放課後はみなさんからの質問や感想を聞きながら、講義に入りきらなかったお話も。まずは黒の時代の補足的に、ローリング・ストーンズの「Paint It Black」(1966年)を聴かせてくださいました。恋人の死を受け入れられない主人公、すべてを黒く塗りつぶしたくなります。同時代のビートルズが緑だとすれば、ローリング・ストーンズは黒。「黒くぬれ!」という邦題のこの歌は黒の時代の予兆のように思えます。
レオーニに『アロくんとキーヨちゃん』を見せた編集者が「レオーニが真っ赤な顔して怒ってました。謝った方がいいんじゃないですか」と言ってきたエピソードも。レオーニは子どもたちに愛を伝えようとしたのにぼくはそれをひっくり返した、怒られると思ってたよと集平さん。レオーニはまだ老いぼれてなかった。元気じゃん、よかったよ。もちろん謝りません。集平さんとレオーニ、芸術家同士が作品で火花を散らす、芸術は本来そういうものでしょう?
また、レオーニの『あおくんときいろちゃん』の英語版と翻訳された日本版の2種類を比べて見せてくださいました。まず表紙から色がかなり違います。英語版に比べて日本版は和菓子の包装紙のような淡い色合いになっています。また原文にもかなり印象が変わる箇所も。「They hugged and kissed him」は 「しっかりと だきあげました」に、「Now they knew what had happened and so they went across the street to bring the good news」は「ぱぱにも ままにも やっと わけが わかりました そこで とおりの むこうの きいろちゃんの おうちに わくわくしながら わけを はなしに いきました」と訳されています。
英語で「The Good News」は福音を表します。ここで親たちが隣人に伝えるのは「わけ」ではなく「愛」という福音です。この子たちは愛することができるようになったんだよ、なんて素敵なんだろう! それがグッド・ニュースなのです。「愛」と「わけ」は違う。日本の絵本はなかなか本当のことを言ってくれません。ちゃんと言ってあげないと子どもがかわいそう。読者が見たいものを見せてあげるのが絵本の重要な役割なのに、日本の絵本は肝心のところを見せない。子どもに、いやたぶん大人に遠慮して、キレイゴト、オブラートに包んだものになっているのではないか。
今回は美術大学の学生さんたちも参加してくださいました。チャットを使って質問が飛んできます。
「集平さんの作品は社会との関係が非常に深いと思います。絵本を制作する際に最初からの気持ちが変わったことがありますか?」という質問には、社会的な絵本を描いたことはないし描きたいとも思いません。ぼくは人間を描きたい。でも社会と無縁でいられる人はいないでしょう。その社会を描くのではなく、社会に翻弄される人間を描きたいんです。人間を、ラブ・ストーリーを描いてきたと自分では思っています。『はせがわくんきらいや』も、もちろんラブ・ストーリーです。描いている途中で気が変わることは多々あります。最後を決めずに描き始めて、描いていくうちに、その物語を生きているうちにゴールが見えてくる。終わり方を決めずに描き進めていって、最初は思いもよらなかった、こんな終わり方になったよ! 素晴らしいね! と編集者や出版社のスタッフと喜び合えるような仕事をしたいと思っています。1980年代初めごろまではそんな描き方ができたんですが、今は出版社がすべてを支配したがるので難しいです。
「絵本にはリズムが必要だと思いますが、一番表現したい画面を創る時には、どのように考えて制作しますか? 」という質問には、音楽の話で言うと分かりやすいと思います。リズムは縦の動き、展開です。メロディも重要です。これは絵本の中の横の動き、物語の流れです。絵本も音楽と同じ時間芸術ですからねと答えます。
「とにかくイケてました! 一流の人に学ぶということは最高です。『はせがわくんきらいや』がラブ・ストーリーだということを聞いて、そうかー! と思いました」という感想もありました。
『はせがわくんきらいや』19刷が9月中旬に出版されるというグッド・ニュースも届きました! 1976年すばる書房初版の印刷・製本にならい、表紙・カバーと見返しの色を一から見直した決定版になるそうです。出版に漕ぎつけるまでの経緯も話してくださいました。復刊ドットコムですでに予約も始まっています。
ここでもう一曲。矢沢永吉の「黒く塗りつぶせ」を聴かせてくださいました。学生時代の集平さんは、はっぴいえんど、はちみつぱい、サディスティック・ミカ・バンドなどを聴いて矢沢永吉にロックを感じなかったそうですが、『アロくんとキーヨちゃん』のころに矢沢に強烈にロックを感じ、ファンクラブに入会します。
永ちゃんのコンサートの客席の熱さ。流行に関係なく、永ちゃんに人生をまるごと預けているようなお客さんたち。ファン誌に載る全国の老若男女が投稿した似顔絵を見てすごいなあと思う集平さん。こんな絵を描く人たちに、甘っちょろい大学生バンドの歌が届くでしょうか。はっぴいえんども所詮、大学生バンドでした。アメリカやイギリスの筋金入りのロックと、日本の趣味趣味バンドの違いは歴然としています。永ちゃんの人気をしのぐことは坊ちゃん嬢ちゃんにはできないでしょう。
芸術や文化を恵まれた人たちだけの物にしてはいけない、見捨てられている人たち、子どもたちが芸術文化によって生かされならなきゃいけない。趣味じゃないんだ。影を描くことで光を表現しようとする絵本作家・長谷川集平の本質に触れたようなお話で放課後を締めくくりました。(齋藤)
「緑の時代と黒の時代」緑…楽天的、性善説的希望(片方ではベトナム戦争)。黒…パンクロックの時代。その後メタル、グランジと性悪説の表現が出てくる。
色の三原色。レオーニは黄と青を重ねて緑にしたが、世界を示すには赤(マゼンタ)も必要だろう。3つを混ぜると黒になる。
『大きな大きな船』(2009年)
トビラの裏にレオさんとモヨコちゃんへの献辞。
地元情報誌「ザ・ながさき」1992年ごろ掲載。髪型の変遷と好きな音楽の移り変わり。1989年に筋少の名がある●クリックで拡大
『あおくんときいろちゃん』英語版と日本版を比較。
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