集平リモート・セミナリヨ レポート
第24回
『小さなよっつの雪だるま』を語る
2025年3月19日
2011年 ポプラ社
2011年にポプラ社から出版された『小さなよっつの雪だるま』。同年3月に起きた東日本大震災の凄まじい津波や原発事故は日本人の心に深い傷をつけ、価値観を大きく変えました。前年から用意していたこの絵本も震災を経て内容が大きく変わりました。まずは朗読からスタート。
きっかけになったいくつかのことを話しましょう。次にどういう絵本を描こうかと考えていたころ、長崎にめずらしく大雪が降りました。一夜明けた翌日はいい天気で雪はほとんど溶けてなくなっていましたが、マンションの駐車場に小さな雪だるまがよっつ残っていました。同じマンションに住む小学生の男の子が作ったのだろうとすぐに分かりました。いつも仲が良さそうな4人家族、男の子が家族をどう見ているかが雪だるまに表れている感じがしました。ガラケーで撮ったその写真を見ながら、絵本にできないだろうかと考え始めます。前作『トリゴラスの逆襲』(2010年)、前々作『大きな大きな船』(2009年)は男の子が主人公だったので、今度は女の子を主人公にしたい。構想し始めます。
長崎に大雪が降り主人公の女の子は雪だるまを作る。成長して京都の美大に行き、雪だるまの絵本を描き始める。大筋はそんなところです。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の客員教授として京都へ通っていた集平さん。学生とも仲良くなり楽しかったころだと振り返ります。
ある時、授業中ずっと泣いている女子学生がいました。彼女が退学するという話は副手に聞かされていたのですが、それにしてもこの泣き方は…「授業のあと話そう」と声をかけ、研究室の片隅で話を聞くと、妊娠してどうしたらいいかわからなくなったと言う。絵本作家になりたくて集平さんの授業を受け、夢に手が届くところまで来たのに学校を辞めなくちゃいけないのが悔しい。堕そうかとも思いました。「神様から授かった命なんだから絶対に産まなきゃいけないよ。赤羽末吉さんは50代で絵本作家デビューをしたし、アンリ・ルソーは60代で絵を描き始めた。絵を始めるのに遅すぎることはない。今の君には絵を描くより子を産んで立派に育てるのが1番クリエイティブな選択肢だと思うよ」と集平さん。「クラスのみんなにちゃんと話してサヨナラして、それから彼氏と2人で出産と育児に切り替えていきなよ」。実はぼくは今こういう絵本を考えているんだと構想中の物語を話しました。「君の話とよく似てるだろ? ぼくもびっくりした。絵本が出たらプレゼントするよ」。彼女は笑顔で帰っていきました。
秋に彼女は赤ちゃんを連れ卒業制作の中間チェックをしている教室に現れ、クラスのみんなに祝福されます。その時の写真を見せてくださいました。そんなことや、東日本大震災のあと家族と過ごす時間を大切にする人が増えたことにも影響されて、物語が最初の構想から大きく変わっていきます。
最初の構想では「四重奏」というタイトルでした。ところが、最初に引き受けてくれて頼りにしていた編集者に仕事を放棄されてしまいます。二転三転して最後は『大きな大きな船』の若い編集者をサポートしてくれたベテラン編集者Mさんが引き受けてくれて、ベテランらしいアイデアを出してくれました。Mさんはカバンに入れて持ち歩ける小さなサイズの翻訳絵本を数冊送ってくれました。『ゴールディーのお人形』(すえもりブックス 2003年)がいいなと集平さんは思い、左に文字、右に絵というスタイルを踏襲することにしました。
ラフスケッチから原画へ。集平さんの美大浪人時代をもとに書いた小説『鉛筆デッサン小池さん』(1992年)のトクサ文庫版(2017年)は集平さんが挿絵をつけています。絶版になったオリジナルには永島慎二さんの絵がついていますが、1970年代の美大浪人はこんなふうじゃなかったと、電子本化を機に描き直したそうです。
鉛筆デッサンを習い始めた高校生のころに描いた画鋲のデッサンを見せてくださいました。叔父で映画監督の浦山桐郎に「光を表すためには影をよく見て描け」と言われたのはこの絵を見せた時でした。『小さなよっつの雪だるま』を描いた鉛筆はHBと4Bの2本だけ。鉛筆デッサンや『はせがわくんきらいや』で使い慣れたワトソン紙に描きました。
インターネットが便利になって、画像資料を探すのが楽になりました。
Mさんがこの人! と選んでくれたブック・デザイナーはこの本にぴったりの人でした。タイトル文字にキラキラの箔押しを使ったり、薄紙をトビラの前に挟んだり、女性らしいアイデアが光ります。集平さんは見返しの雪の絵をグレー地に白い雪が降っているように印刷指定していたのですが、「雪の多いニューヨークでは白い雪景をバックに降る雪は逆光でグレーに見えるんです」と、白とグレーを逆転させて見せてくれました。集平さんは赤羽末吉さんにも同じことを教えてもらったことを思い出します。赤羽さんはデビュー作『かさじぞう』(1966年)で、北陸の雪国で湿気を含んだ雪が降る様子を和紙に墨を染み込ませて表現しました。「雪が逆光で黒く見えるんだよ」と赤羽さんから聞いた集平さんは『かさじぞう』の絵の印象からガラリと変わったそうです。
こないだから、いうちちひろさんと40年ぶりに連絡を取り合っているという集平さん。1985年に自宅の神戸から車椅子に乗って一人で吉祥寺のライブに来てくれた時、彼女は20歳、集平さんは30歳でした。彼女の行動力に教えられたことが多々あったそうです。ちひろさんが去年出版した絵日記画集『ひだまりの歌』にも降る雪が黒く描かれていました。集平さんは、ちひろさんの目の良さに唸ってしまいます。そしてそれを絵にするテクニックもある。ちひろさんはネットでの再会後『小さなよっつの雪だるま』を図書館で借りて読んで、今回セミナリヨに参加してくれました。
『小さなよっつの雪だるま』は、同じポプラ社から出した『大きな大きな船』と一緒に早々に絶版になってしまいました。なぜなんでしょう。ポプラ社から出ている他の本とどこがどう違うんでしょうか。出版前からケチがつき、ろくに営業努力もしてくれないまま絶版にしてしまう出版社にぼくはまったく納得がいきません。図書館に置いてなかったら、ちひろさんに読んでもらえなかったかもしれません。
ここでもう一度、説明しながら朗読しましょう。見返しの雪景色、長崎の坂道には教会が見えシスターが歩いています。ジャクソン・ポロックのような絵を描いている学生、横にいる白髪の先生は未来の集平さんと学生に言われたそうです。有明海と雲仙が見える車窓、今はない特急かもめの本革シート。孫とおばあちゃんの出会いはハートの形の構図です。京都独特の町並み。京都でよっつの雪だるまを見た瞬間、個人的な話だったものがふわぁーーと広がる。私だけのことじゃなかったんだ。この場面は、物語を書き進むうちに思いついたそうです。魅力的な絵にしなきゃいけないと思って描きました。最後のシーンで彼女が描いている絵本の絵は『小さなよっつの雪だるま』の中の絵にも見えます。この絵本の作者は「彼女」なんです。クリスマスの思い出のトナカイの赤鼻とツノ。見返しの雪。…ひとまずここまで、と講義部分を終了。
放課後に入るとすぐに感想が届きました。
問:20冊以上プレゼントしたことがあるすごく好きな絵本なので、絶版で悲しい。最後のクリスマスの思い出にジーンとします。グレーの雪も嬉しかった。愛が溢れていて今日の話を聞いてよりこの絵本が大切に思えるようになりました。
答:どうもありがとう。「月刊絵本」にフォーク・シンガーの三上寛が「絵本は贈り贈られられるもの」「人から人へと渡って歩く、魂の告げ口男みたいなもの」と書いています。この絵本でやっと贈れる絵本が描けたとぼくは思いました。『はせがわくんきらいや』のことしか言わない人は大事なところを見落としてますね。
絵本が出版された2011年、56歳の集平さんが長崎の景色の中で絵本を持つ写真。最初の編集者には京都や長崎など特定の地名や固有名詞を書くべきでないと言われた。池袋の絵本ゼミの集平さんの後任講師になった彼女はゼミでもそう教えていると言う。彼女が仕事放棄したのはそんなわけのわからない考えに凝り固まっていたからでしょう。
ここで『読了できない絵本たち』(2017年)から芥川龍之介の言葉、良寛の書、中村汀女の俳句、キース・リチャーズの言葉をまとめたフリップを紹介。憂いをブルースと訳してもいい。ブルースを知り、しかしブルースにとどまらず、憂いなきに似たロックに突き抜ける道を探したいと、ぼくはずっと思ってきた。『音楽未満』(1991年)カール・パーキンスのところにも書いた、これがぼくがロックにこだわる理由です。なるほど合点でした!
放課後では講義部分ではNGの著作権違反ギリギリ物件もたっぷり。高田渡さんのアルバム『ねこのねごと』(1983年)からフランスのジャック・プレヴェールの原詩をアレンジして歌った「冬の日の子供の為の子守唄」を聞かせてくださいました。20年くらい経ってから『小さなよっつの雪だるま』ができた時、やっと『ねこのねごと』に追いついた! と思ったそうです。
問:歌を聞いてマザーグースのイメージを感じました。
答:マザーグースはイギリスだけれど、ジャック・プレヴェールはフランス人だから、きっとフランスの古い物語や歌がベースにあるんでしょう。シャンソンには子どもの歌がたくさんあるんですよ。この歌にしてもそうだけれど、子どもにも分かりやすく歌っているけれど、おかしいし悲しいし怖いし不思議な歌詞です。死を歌ってますね。フランスは表現が大人だなと思います。
問:今日はありがとうございました! 絵本作家生活の中で辞めたいと思ったことはありますか?
答:一度だけあります。東京にいたころ、私はあなたの表現に嫉妬する。とクンに言われた時です。一番近くにいる人をこんなふうに思わせるなんてダメだと、本気で絵本を辞めようと思った。2人とも酔っ払っていて、寝て起きたら忘れてました。
ヒリヒリするような思いで50年つき合ってきたぼくら2人です。人生相談に乗りますよ!
ドビュッシーのピアノ曲集『子供の領分』(1908年)をフリップで紹介。ドビュッシー本人が描いた表紙です。白い雪景色の動画を流しながら「雪は踊っている」(The Snow is Dancing)を聴かせてくださいました。ドビュッシー本人の演奏をピアノロールに記録した音源。いろいろな演奏を聴いたけれど、本人の演奏が1番いいなと思います。印象派と言われるドビュッシーですが、クラシックと現代音楽の中間にいた作曲家だと思います。モーツァルトやベートーヴェンを聴く時と明らかに違う、脳の違うところに血が集まるというか、違うところに魂が持っていかれてしまうというか。ドビュッシーばかり聴いていた時期がありました。ストラヴィンスキーが「春の祭典」を作曲した時、ドビュッシーと2人でオーケストラ譜を見ながらピアノで連弾したという鳥肌が立つような話もあります。そんなレベルの高い芸術に引けを取らない絵本を描きたいと思っています。
問:昔々、黒姫の絵本の学校で集平さんが「俺はロックンローラーになるんだ!」という言葉を聞いて、絵本やめちゃうの? と聞いていた人たちが思ったことがありました。
答:絵本でロックできますから。絵本を嫌いになったことはないけれど、絵本を好きな人たちを嫌いになったことはあります。絵本なら何でもいいという人たち。絵本の学校でぼくは「絵本って何だと思います? ただの紙なんです」と言いながら絵本を破ったこともあります。とにかく既成の価値観の上にあぐらをかくのはゴメンだと。若い時にああいうことをやっといて良かったと思います。
ぼくはメールの最後の署名の下に「Keep on Rockin’ !」と入れてます。ブルースは故郷、そこからジャンプ・アップする、ロックとはそのベクトルを言います。止まった状態を指す名詞ではなく、まして固有名詞でもなく、現在進行形の動詞です。
春に開催予定の、いうちちひろさんの『ひだまりの歌』の原画展のお知らせも。集平さんとちひろさんのやりとりもあり、ちひろさんは雪景色を描いた時に『かさじぞう』や、いわさきちひろさん絵を参考にしたというお話も。2人はこの春に40年ぶりに再会の約束をして、終了しました。(齋藤)
●『鉛筆デッサン小池さん』トクサ文庫
●『読了できない絵本たち』トクサ文庫
駐車場の雪だるま。集平がガラケーで撮影。
最初の構想では「四重奏」というタイトルでした。
高校生のころに描いた画鋲のデッサン
使用画材。鉛筆はHBと4Bの2本のみ。紙は使い慣れたワトソン紙。
『タイトル文字にキラキラの箔押し。
赤羽末吉『かさじぞう』。雪が逆光で黒く見える。
いうちちひろ絵日記画集『ひだまりの歌』。降る雪が黒く描かれている。
できたての絵本を持ってパチリ。
『読了できない絵本たち』より。ブルースを知り、しかしブルースにとどまらず……。憂いをブルースと訳してもいい。
ドビュッシーのピアノ曲集『子供の領分』を紹介。![]()
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