2010年に文研出版から出版された『トリゴラスの逆襲』。スライドショーを上映しながら朗読からスタート。トリゴラスの前提として存在するのはもちろんゴジラです。映画「ゴジラ」は1954年に公開され大ヒット、翌年「ゴジラの逆襲」(1955年)が公開されました。核実験で被曝し巨大化したゴジラの孤独な存在は強く心に残るものでしたが、続編「ゴジラの逆襲」はアンギラスが登場し、2作目以降のゴジラ映画は対戦相手が次々と現れるプロレス路線に変わっていきます。ここで参考に映画「ゴジラの逆襲」の予告編を紹介。制作時間も制作費も「ゴジラ」より大幅に削減されています。大人になってから2作目を観た集平さんはがっかりしたそうです。
『トリゴラス』(1978年)の続編を描くまでには32年の空白期間がありました。2009年ごろ突然、続編を描きたい! と思いついた集平さんに文研出版からOKが出た時はすごくうれしかった。でも「ゴジラ」の続編のようにはしたくない。早速構想を練り始めます。
まずは表紙。『トリゴラス』の時は表紙にするつもりで描いた絵を出版社に下品だからと却下されます。そこで集平さんはカメラマンの中島興さんと国分寺に行って、住んでいたあたりをロケハン。クン・チャンと裏表紙の鉛筆画を描いた奥谷敏彦が手伝ってくれて、興さんが撮影した中の1枚を採用したのでした。田んぼの中に先に描いた表紙をポスターに見立てて杭打ち。向こうに見える二階建てアパートには友だちが住んでいました。
『トリゴラスの逆襲』もできれば同じ場所の写真を使いたい。あそこは今どうなっているのか…ストリートビューで探し、同じ風景が残っていたことが分かると、千葉県に住む友人のカメラマン・ひら(平林寛信)さんに頼み、30年以上前と同じ場所で撮影をしてもらいました。
『トリゴラス』ではモノクロ写真に磨りガラス状のフィルムを重ねて色鉛筆で彩色したプロセスを『トリゴラスの逆襲』ではデジタルに置き換えました。2010年は出版もデジタルに移行する変わり目でした。カラー写真をモノクロに変換してレイヤーを重ね、色鉛筆ブラシで着色します。ひらさんが写してくれたロケ写真の白いパネルの部分にポスター画像をはめ込みました。ポスター画像は「ゴジラの逆襲」のポスターにペイント・ソフトで上書きするような形で作りました。表紙のタイトル文字や著者名もペイント・ソフトで。裏表紙は『トリゴラス』を踏襲して、写真を鉛筆画風にデジタル加工。
『トリゴラス』の最終画面でぼくは「かおるちゃん...」とつぶやいています。このあと彼は寝たのでしょう。『トリゴラスの逆襲』の最初のページは、『トリゴラス』の最後からあまり時間が経っていないように描きたかったんですと集平さん。ここでなんと! 『トリゴラス』と『トリゴラスの逆襲』を続けて朗読してくださいました。2つの絵本がつながって、別の絵本に変化したように感じました。
32年の間にはいろいろなことがありました。そのブランクを感じさせないように描くのは難しかった。2冊の連続性について詳しく話しましょう。家族が川の字になって寝ている六畳間、ぼくの家もこんなふうでした。『トリゴラス』では部屋を上から見おろしています。枕元に蛍光灯スタンド、目覚まし時計、机の上にソフビ、『とんぼとり』の絵本、ふすまにスターウォーズのポスター…部屋全体が見渡せます。
『トリゴラスの逆襲』では同じ部屋を下から見上げます。視点が変わったことで前には見えなかったものが見えます。壁には明日お父ちゃんが着る背広とズボンがかかっています。かもいの上に王貞治のサイン色紙。読売新聞は王さんのサイン色紙のレプリカで購読者を増やしました。「努力」と書かれた王貞治のサイン色紙が飾ってある家がいっぱいあった時代、1970年前後でしょうか。王さんは若いころはサインに「努力」と書き、その後、体力の限界を超えるために「気力」と書いたそうです。
ハンガーにかかった背広とズボンは『あしたは月よう日』(1997年)の裏表紙にも描いています。集平さんは『あしたは月よう日』にサインをする時、見開きの神戸の空にトリゴラスを描くそうです。同じ出版社の絵本でもあるし、物語も連関している。そしてそれは『ファイアー』(2020年)につながっていきます。
ゴジラは南の島生まれです。トリゴラスもかおるちゃんとぼくを南の島に連れて行く。南へのあこがれが怪獣映画によく出てきます。映画「モスラ」(1961年)の故郷もインファント島という架空の南の島です。南の島にいるかおるちゃんの妖艶な姿、手からこぼれ落ちる砂は夢の儚なさを表しているようです。自分の心に秘めているものを簡単に見破られているぼく。「こいつ こわいわ」と思うことがよくあると言う集平さん、ぼくの妄想や夢を遠慮なく絵にしていきます。トリゴラスが町を破壊していく。「そやけど、おとうちゃん、ぼくらはこのゆめからさめられるんやろか」とぼくは夢の中で問いかける。それを聞きながらニヤリとしているお父ちゃん。
この絵本を描く前に父親が亡くなりました。父に感謝はしようと頭で思っても生理的には反抗期のままで、結局父とは和解できなかったという集平さん、父親に対する複雑な思いを絵本に込めました。
『トリゴラスの逆襲』の続編が読みたい、次作では対戦相手の怪獣を登場させてほしいなどとリクエストをもらいますが、実は『ファイアー』が続編なんです。あの絵本では夢の中にトリゴラスが出てきますよね。夢と現実をどのように考えるか、ぼくにとって重要なテーマです。『トリゴラスの逆襲』で「これね、わたしの ゆめの なかなの」「めが さめたら みんな まぼろし たのしみましょ」とかおるちゃんは言います。かおるちゃんは正しい! エライ! と描きながら思いました。エンターテイメントは夢、朝目が覚めるとぼくらは現実に戻っていく。ぼくらはエンターテイメントに夢中になっても、エンドマークが出て劇場を出れば現実に戻る。絵本を開くと夢の中、閉じると現実。夢の中は何でもアリ。ゴジラもトリゴラスも夢の中ではリアルです。今は夢と現実の境目が曖昧になって危ない時代になってきてる。境目をハッキリさせなきゃ、エンターテイメントじゃなくなってしまいます。
『トリゴラスの逆襲』には夢の入口を絵本の中にいっぱい作っておきました。入口を見つけて絵本の中に分け入ってもらえたらいいなと思います。ここで講義部分は終了。
放課後、まだ講義部分の余韻が続き、夢の中から現実へ戻っていく途中のようです。
問:『トリゴラスの逆襲』を図書館で見つけて読みました。楽しい絵本かと思ったら怖い、というか寂しい。あまりよくわからなかったけれど今日の話を聞いて理解が深まりました。
答:自分でもよくわからないんです。ぼくにとって絵本でも音楽でも映画でも、わからないということは重要な問題ではありません。わかるって、何をどうわかるんでしょう。ぼくが惹かれるのはわからないものが多い。英語で感動することを touch(触れる)と言いますね、その作品に触れる、その作品が自分の心に触れてくる。自分と作品との出会いはとても個人的なものです。出会いはそれでいいんだと思います。わからない世界でいい、わからないけれど抱きしめたくなるくらい好き! と思ってもらえる、そんな絵本が描きたいと思います。今は受け手が一つの作品に多くを求めすぎる、送り手もそれに応えようとして無理する傾向がある。プロ野球でいえば全打席ホームランを打つなんてできない。10打席のうち3本ヒットを打てば給料が上がるんです。芸術文化もそんなふうに大らかに考えてもらえたらいいなあ。
1978年の時点で「ゴジラの逆襲」のように『トリゴラス』の続編をすぐにでも描きたいと思っていた集平さん。出版社の倒産や絵本業界の衰退、さまざまな理由できっかけを失っていました。時は流れ、『大きな大きな船』(2009年)のころ急に『トリゴラス』の続編を描くぞ! と思い立ちます。出版社からのOKが出てあらためて「そうか、描くんだ」と思ったそうです。
日本は災害が多い国です。災害に対する無意識的な恐怖が常にあります。怪獣映画の根底にはその恐怖があるようです。その恐怖は夢と隣り合わせです。東日本大震災では「夢ならよかったのに」と言う被災者がたくさんいました。「ええの、ええの。めがさめたらみんなまぼろし」と、かおるちゃんは言います。『トリゴラス』『トリゴラスの逆襲』をなぜ描かせてもらったのか、ぼくは東日本大震災のニュース映像を観るまでわかりませんでした。その時わかったことが『ファイアー』に受け継がれます。集平さんは『ファイアー』の6人の子どもたちそれぞれの物語『その前の日』を小説に書きました。未完のまま宙ぶらりんな状態だそうです、そんな絵本や小説がいっぱいあります、みなさんに届けたいのに…。
集平さんの未完の絵本や小説、読みたくてたまりません。
問:絵本が自分の人生を先行していることがあると前におっしゃっていました。先ほど話された「兆し」についてもう少し教えてください。
答:理由があって描いているわけじゃなく、描きたくなったから描いています。予言ではなく、預言じゃないかな。予知して描くというよりも、何かがぼくを使って描かせている。描かされているのだと思います。
シェイクスピアの最後の戯曲『テンペスト』を紹介、主人公は魔術師です。彼は魔術で人の心を操りますが、最後は魔術を捨てて敵と和解します。この魔術師はシェイクスピア自身です。集平さんと同じ姫路出身の桂米朝のお話も。米朝は「芸術は催眠術だ」と言ったそうです。上手い催眠術師は、うまく夢を見せ、心地よく夢から覚ませる、下手だとそうはいかない。絵本も同じです。
「ゴジラ」の作曲家、伊福部昭さんをフリップで紹介。日本やアイヌの土俗性を追求し、重厚で音圧の高い名曲を多く残します。単なる音響効果ではなく、彼の作品には思想があり、たくさんの作曲家を育てました。最後に「ゴジラのテーマ」のチェロの多重録音の映像を紹介して終了しました。
(齋藤)
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『トリゴラスの逆襲』ダミー。

『トリゴラス』表紙写真を撮った場所をストリートビューで探す。

ひらさんが写してくれたロケ写真(左)。パネル部分にポスター画像をはめ込む(右)

『トリゴラスの逆襲』表紙ポスター(左)と「ゴジラの逆襲」ポスター(右)

王貞治サイン。体力の限界を超えるために書いた「気力」(左)。若いころは「努力」(右)
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