集平リモート・セミナリヨ レポート
第20回
『あしたは月よう日』を語る
2024年11月20日
1997年 文研出版
1997年に文研出版から出版された『あしたは月よう日』。まずは朗読からスタート。集平さんの朗読が読者を物語の中へ引き込みます。
1995年1月17日早朝に起きた阪神・淡路大震災は戦後最大の地震でした。地震の話題が途切れたころ、神戸に住む編集者Mさんから「集平さんにぜひ震災の絵本を描いてほしい」と電話がかかってきます。震災の当日、Mさんの家では朝早く起きたご主人が寝ていたところにタンスがバタッと倒れたといいます。ご主人は命拾いしました。Mさんはパニックに陥って、何が起きたのか理解するまでに時間がかかったそうです。
神戸から大阪の文研出版社に通うMさんは電車の不通区間は歩くしかありません。復興するまでの長い間、被災地を往復する日が続きました。テレビや新聞の報道は意図的に切り取った断片に過ぎません。震災をテーマにした文芸作品が増えていきますが、どれも間近で見てきた彼女の実感とは違いました。「言葉にできないものがある、それは集平さんにしか描けないと思います。震災の絵本を描いてほしい」。難しいけれど挑戦するべきだろうと、集平さんは依頼を引き受けました。
集平さんは小さいころよく洋服屋さんのお父さんが神戸の生地問屋に行くのについて行ったそうです。問屋さんにもらった食事券を使って家族みんなで美味しいものを食べた贅沢な時間、神戸の街は姫路に比べるとはるかに都会でした。中高生になると友達と遊びに行ったりデートをしたり、思い出がたくさんある大好きな街でした。
集平さんは震災の約1ヶ月後に、見ておかなければと神戸を訪れます。建物は傾き、道はでこぼこ、色褪せた街の中を歩くとまるでピカソやブラックのキュビズムの絵の中にいるように感じたそうです。変わり果てた街には、焼け跡に座り込むホームレス、その近くに高級車を停めて降りてくる毛皮の女性、実際に見る被災地は貧富の差があまりにあからさまでした。この生々しい現実をテレビは映しません。吐き気がしてきます。これ以上ここにいるとおかしくなってしまう。早々に帰路につく途中、神戸駅の高架下のラーメン屋を覗くと、だれもいない店の壁に大きな亀裂が入っていました。この店で美味しいラーメンを食べた人たちは今どうしているのだろう…ぼくの実感を絵本にできたらMさんの実感に迫れるれるのではないか。
今日のために作ったフリップには、阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、能登半島地震(2024年)など大きな地震が起きた時の政治家らの発言が書かれています。どれもが、地震は天罰、神様が思い上がった人間を罰したのだという、いわゆる天譴(てんけん)論です。天譴論を利用して強者が弱者を責める。関東大震災(1923年)の時は天譴論がおおらかな大正デモクラシーに水を差し、この国の保守化を加速させます。集平さん自身も阪神・淡路大震災のあと、バブルに酔った日本人のツケが来たのではないか、わが身の罪深さにも思い当たり、自責の念に囚われそうになりました。
震災から数日後の週末、集平さんは自宅から歩いて5分の西坂教会で主日のミサにあずかりました。その日の司式は当時の日本二十六聖人記念館の館長、結城了悟さんでした。ミサの説教で結城神父は火曜日の震災について触れ、「これは神の怒りではない、自然の怒りです」と言いました。この言葉にハッとした集平さん、この言葉に救われました。ぼくたちが信じているイエス・キリストは人の罪を罰するるよりも、ゆるす神様なんです。天譴論は神様を利用して人をとがめようとする人たちの言葉、そんな言葉にぼくらは動揺してしまう。反論もできないでいる。でも、これは神様の怒りではない、自然の怒りなんだ。
結城神父はスペイン出身、日本二十六聖人を研究するうちに二十六聖人とともにこの国で生き、この国で死にたいと1978年に日本に帰化されました。寡黙で厳しくて気さくで、いつしか集平さんたちも顔見知りになっていました。結城さんのこの言葉も『あしたは月よう日』を描く動機になりました。
続けてフリップでイエスの言葉を紹介。このルカ福音書13章で、災害に遭うのは罪のせいではないとイエスは言うのです。亡くなった人たちとあなたがたに違いはない。だからだれも責めることはできない。究極の平等思想がこの言葉に込められています。みんないい人でも悪い人でもない、みんな罪深い、だから悔い改めなさいとイエスは勧めます。
ここまでのお話を踏まえて、今度は『あしたは月よう日』を手にページをめくりながら解説します。
表紙の絵はやさしい丘の上で天使の歌を聞いている家族の絵。テレビに映るお父ちゃんが泣き、家族で感動する歌を歌う女の人と子どもたち。ブラウン管のテレビの上には長崎くんち「コッコデショ」のミニチュアが乗っています。家族のだれかが長崎みやげに買ってきたのかもしれません。おねえちゃんはゲームをし、弟は『トリゴラス』を読んでいます。『あしたは月よう日』と『トリゴラス』は同じ出版社ですからね。
家族が話す神戸弁をぼくは知らないから、姫路弁でテキストを書いてMさんに直してもらいました。阪神・淡路大震災が起きたのは火曜日でしたが、この絵本で日曜日の家族を描いているのは普遍的な設定にしたかったから。ほとんどの人が日曜日は休み、月曜から仕事や学校に出かけますからね。
きれいな歌をテレビで観ているうちに窓から空に舞い上がるシーンは、あとで気づいたけれど、小さいころに観た映画「メリー・ポピンズ」で東風に人が吹き飛ばされるシーンがぼくの中に残っていたんでしょう…などなど画面ごとの仕掛けをくわしく教えてくださいました。
原画を見た編集者のMさんから2ヶ所直してほしいと言われました。「私は歌で泣いたことはない、マラソンにしませんか?」と言われたのには驚きました。直しませんでした。もう一つは「ラーメン屋でラーメンだけというのはリアリティがないし栄養バランスも悪い」と言われて、ギョーザをつけ足しました。Mさんはもっと品数を増やさせたかったんだろうけど。そんなところにエリート編集者とぼくの違いが出たと振り返ります。(集平註:素晴らしい芸術に触れて泣いたことのない人が子どもの本の編集者をしているということが、ぼくは信じられなかったです。ラーメンだけの夕食にリアリティがないと言う人もね)
『あしたは月よう日』は2021年に香港の木棉樹出版社で翻訳出版されました。木棉樹出版社は自分たちで子どもに読み聞かせをしている、そこまでやる出版社はなかなかないです。とてもいい出版社だと思います。と、ここで講義部分は終了。
放課後に移ると、待ってました! と言わんばかりに質問がやってきました。
問:家族のコミュニケーションなど構図がとても印象的でした、構図について教えてください
答:バストサイズが多いテレビでよく見る画面と同じ構図が多いですね。『トリゴラス』は映画的だけど、『あしたは月よう日』はテレビ的な構図です。昔のテレビ画面は小さかったので、表情を見せるには必然的にアップにしてました。お父さんのタバコもおならも狭い部屋だから臭いし煙たい。そんな庶民の生活空間にいる家族が、きれいな歌を歌う女の人をテレビで観て涙を流し、窓から飛び出して空に舞い上がる、その広さと部屋の狭さの落差をつけています。
『トリゴラス』では窓の外を眺めるしかない少年の思いをトリゴラスが受け継いで空を飛びますが、『あしたは月よう日』では家族全員が窓から飛び立ちます。これは大きな違いです。絵本の冒頭に「ありきたりの休日が、どんなに大切なものだったかわたしたちは思い出すことができます」と書きましたが、日常はテレビをみんなで観ているところまでです。窓から飛び立つところからは非日常です。日常はもちろん大事ですが、非日常がないと人間は腐ってしまうでしょう。歌や音楽などの芸術がわれわれを非日常の世界に飛躍させてくれます。家族は歌を聴いて空へ舞い天国を見ますが、最後のシーンでは日常に戻りラーメンを食べている。裏表紙では翌日のおとうちゃんの出勤の準備ができています。日常も非日常もどちらも大事だということを、この絵本で描けたと思っています。
問:言葉よりも絵、視覚が大事なのではないか。
答:目の見えない人にとって絵本とは何か、目の見えない人のほうが見える人よりもよく見えていると思うことはないですか? そういう疑問がもとになって書いた子ども向け小説が『見えない絵本』(1989年)です。ここで目が一時的に見えなくなった少年におじさんが絵本を読んでくれる。少年にはきれいな空や青い海や白い砂浜が見えます。その絵本は言葉でできているのです。精神分析家ジャック・ラカンは無意識とは何かと問われて「言葉だ」と答えました。その答えに至るまでにラカンは人生を賭けたのです。言葉を持たない絵や音楽も実は言葉でできています。難しい考えですが、絵や音楽のためにもぼくらは言葉を大切にしましょう。
ここ最近、訃報が続きました。静岡のおもちゃと子どもの本・百町森の柿田友広さん、詩人の谷川俊太郎さん、俳優の火野正平さん...訃報が今日届いた火野正平さんの追悼にこれをと、1979年ユネスコ国際児童年にテレビで放映された火野さんの朗読による『トリゴラス』をスライド・ショーを見せながら聴かせてくださいました。20代半ばの集平さんは『トリゴラス』を描いて間がなく、自分でもわかってなかったことをこの朗読が気がつかせてくれたそうです。
火野さんレベルに達するのは難しいでしょうが、クオリティが高くなければ届くものも届かない。子どもたちにウケたとかウケなかったとかということではなく、読み聞かせのクオリティを上げる訓練が必要なのではないかとつねづね思っていますと集平さん。
問:家族が涙を流すシーンではどんな曲を聴いていたのでしょうか?
答:ぼくは年に200回は音楽を聴いて涙を流しますから、その中のこれ! というのはないです。この家族は知らない国の歌を聴いて泣きます、歌詞の意味がわからなくても、ぼくらは泣いたり笑ったりします。ここで『絵本づくりトレーニング』(1988年)にも収録したパブロ・カザルスの言葉を紹介。「音楽は、ただダンスするためのものではなく、また、小さな快楽を求めるためのものでもなく、人生にとって、もっと高いものです。おそらく、世界は音楽によって救われるでしょう」。われわれは絵本を、芸術を、この程度のものだと見限っていませんか? 芸術はもっと高いものです。芸術に対する態度を改めるためにも絵本づくりの本にこの言葉を載せました。
ぼくは叔父の浦山桐郎から日常を丁寧に描きなさいと何度も言われました。日常を丁寧に丁寧に、これでもかと描いていくうちに、そこから出ていきたくなる。『あしたは月よう日』でいえば、あの窓から飛び出すシーンです。イメージの飛躍に必要なのはパッションだと浦山は言いました。パッションのない飛躍は心に届かない、テクニカルなだけです。この絵本では家族を空に舞わせる芸術の崇高さを描けたと思っています、と集平さんは胸を張ります。名残惜しさを残しつつ終了しました。(齋藤)
見返しの裏に書かれた言葉。クリックで拡大。
震災後、変わり果てた神戸の街。
大地震時の政治家らの発言。天譴論を利用して強者が弱者を責める。
窓から空に舞い上がる。この絵を見た大阪のデザイン系専門学校の学生が「震災前の神戸や!」と声をあげて喜んだ。
ルカ福音書13章。災害に遭うのは罪のせいではない。
テレビから聞こえた歌声に涙するおとうちゃん。
『あしたは月よう日』香港版。
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