集平セミナリヨ レポート18
集平リモート・セミナリヨ レポート


第18回
『パイルドライバー』を語る

2024年9月18日

1995年 温羅書房


『パイルドライバー』は、大手出版社では出せない絵本を出そうという意気込みで始めた岡山・温羅(うら)書房から1995年に出版されました。帯には「いじめジメジメ世紀末の子どもらにプロレスおじさんからの真のメッセージ『人間はどの人間もアブナイ』」と書かれています。この言葉は、デビュー作『はせがわくんきらいや』から最新の未刊絵本『にんげんがいじわるやからや』(YouTubeで公開)まで、どんな人の中にもある暴力から目を逸らさない集平さんの人間観を表しています。

パイルドライバーは脳天杭打ちという日本名の通り、相手を抱えて脳天からマットに落とす大変危険なプロレスの技の名前です。1980年代最強の女子プロレスラーの1人、北九州出身のデビル雅美のすさまじいパイルドライバーのビデオが紹介されます。こんなアブナイ技をタイトルにしたんですと集平さん、朗読がスタートしました。教会の見える坂の町、長崎の近未来が舞台です。サラリーマンのロボさん、白雪姫の7人の小人のような悪ガキたちのことなど、朗読の合間に説明が挟まります。エッちゃんがブンくんにかける技の数々を写真で紹介。絵本の最後の注意書きにもあるように、鍛えてない人が真似すると危ない技の数々です。

『こじこじ年代記』(トクサ文庫)より「1992年 慧舟會・西良典」、長崎のタウン誌に書いた「君は西良典を見たか!」をフリップで紹介。長崎で親しくなった西さんとの思い出を話されました。

1950年〜1970年代、いかがわしいものと見られることの多かったプロレスですが、『私、プロレスの味方です』(松村友視 1980年)の、それまでなかった見方が新しいプロレスファンを増やしました。集平さんも影響を受けます。80年代後半、新日本プロレスからはぐれた前田日明がUWFという団体を立ち上げます。ジャイアント馬場の全日本プロレスやアントニオ猪木の新日本プロレスはTV中継や地方巡業が頻繁にありましたが、前田日明は真剣勝負をそんなにはできないと言って大会を月1回の興業スタイルに変えます。それまではプロレスは近くに来てくれるものでしたが、UWFは客が遠くまで出かけていくもの。安いバスや電車を乗り継いで追っかけをすることを当時「密航」と呼んだそうです。インデペンデント性が高く、プロレスの演劇性より格闘のリアリティを求めるUWFは若者の心を掴みました。松村友視はプロレスの見方を変えましたが、前田日明はプロレス自体を変えようとしました。大手出版社に頼らず絵本そのものを変えようとしていた集平さんは共感します。「前田日明の登場はあのころ絵本界に干されて鬱々としていたぼくにとって救いでした」。

集平さんたちが「密航」した第2期UWF(1988年〜1990年)の松本大会の感動的な話や写真も紹介。『絵本づくりサブミッション』(1995年)は『絵本づくりトレーニング』(1988年)の続篇、UWFが教えてくれた格闘技のサブミッション=極技(きめわざ)をタイトルにつけています。トレーニングの次はサブミッション。表紙のイラストは、UWFのロゴマークをパロディにしたものです。そのロゴマークは古代ギリシャの格闘技パンクラチオンの彫刻のシルエット、前田日明はプロレスを格闘技の原点に立ち戻らせようとしていました。ぼくも絵本をより本質的なものしたいと考えていたから、このマークはぴったりだったんです。気づいた人はあまりいませんでしたが...。

集平さんが生まれたのは力道山の時代でした。プロレス中継を観るために大人たちが公園の街頭テレビの前に群がる光景を覚えています。少年雑誌で知った謎の外国人プロレスラー、ザ・マミー、大木金太郎とアントニオ猪木の死闘も紹介。血はプロレスの演出に欠かせないものだったという話も。プロレスの聖地、後楽園ホールに全日プロレスの大会を観に行ったとき、休憩中にロビーでサインをしているジャイアント馬場を見つけられずにキョロキョロしていて、まわりの人にうながされて目を上げると馬場さんの顔がありました。大きすぎて認識できなかったのです。プロレスラーは存在自体がとんでもないと思ったそうです。

そしてもう一度『パイルドライバー』を朗読。集平さんのお話を聞いた後だと絵本がより深く見えてきます。画材の説明、長崎に来てやっと描けた夕焼けのことなども話してくださいました。ブン(文)くんとエ(絵)ッちゃんに込めたもの。絵本の中で文と絵が出会い交わる、おたがいに技をかけ合う、最後は絵が勝つ。これは絵本という形をしたぼくの絵本論でもあります(集平註:ラブストーリーだということもお忘れなく)。『パイルドライバー』は出てすぐに温羅書房がつぶれて絶版。2004年に復刊されて、一時期は読み聞かせの定番と言われることもありましたが、だいぶ前から品切れ状態です。増刷をたびたびリクエストするのですが応えてもらえません。どうなってるのでしょうか。

ここで集平さんの宝物を見せてくださいました。それは朝日新聞のコラムに集平さんが前田日明の自伝『パワー・オブ・ドリーム』を紹介した縁で、路傍の石文学賞授賞式会場のカザルス・ホールに前田さんが贈ってくれた大きな花輪についていた木札、とびっきりの笑顔の集平さんです。

そして『読了できない絵本たち』に書いたプロレスについての一文を読んでくださいました。児童書はまだまだホワイトカラーのものでブルーカラーのものになってないという言葉に実感がこもります。バブル期以前の絵本描きや編集者にはプロレスラーみたいなとんでもない人がいたのに、今はエリート化して小ちゃくなってしまっている。絵本の世界にプロフェッショナルがいない。これは深刻な問題です、というところで講義を終了。

放課後は講義で語れなかったお話から。『絵本デッサン小池さん』(トクサ文庫)は集平さんの美大浪人時代の体験をもとに書かれた作品。絵描きの人生はいろいろなことが裸の姿で見えやすい。おたがいを戦友だと思っているところがある。集平さんはこの作品の登場人物にUWFの選手の名前をつけます。

マスメディアが文芸よりスポーツを重視するのに不満だった集平さんですが、西さんやプロのアスリートの日々のトレーニングのすさまじさを知って、文芸が低く見られてもしようがないと思ったそうです。西さんが走り筋トレするぐらい、ぼくは読書し絵を描かなければと。

参加者の方からの質問にも答えます。いろいろなプロレス技があるけど、なぜパイルドライバーを選んだのですか? という問いには、パイルドライバーという言葉のインパクトで選びました。「卍がため」だと谷崎潤一郎じゃないですか。お母さんや学校の先生が知らない言葉にしたかったというのもあります。

問:この絵本の編集者はどなたですか?
答:シューへー・ガレージで30年以上働いている曽我祐未です。温羅書房の編集者に育てるために、カメラマンだったクンと、絵を描き文章を書き、すばる書房で編集者修行したぼくが鍛えました。今の彼女は文章や絵を見る能力を身につけた編集者だと思います。

問:UWFのあとはリングスだけを見ていたのでしょうか?
答:いや、U系を全部見ていました。リングスWOWWOW中継は四国の友人にビデオ録画を送ってもらってました。

問:プライドなどは見なかったのですか?
答:UWFは上品な感じがしていました。格闘技のリアリティが勝ち過ぎると下品になってしまう。殺し合いになってしまう。ガチンコ勝負を標榜しながら実は洗練された演出があったUWFから見習うことが多かった。絵本とプロレスは似ているんです。

プロレスの野外興行を見た人、非日常的なプロレスは私にいい影響を与えてくれたと言う人、今日の感想も続々と届きます。プロレスを楽しめるのは文化の大きさだと思います。ぼくの両親はプロレスも吉本新喜劇も受けつけず、NHKばかり見ていました。あの家から出られてよかったです。プロレスを正しく見ると人間が大きくなる気がします。

ぼくらは勝った負けたよりも人間のドラマを見たいんです。それをリングの上で即興で作り出せるのがすぐれたプロレスラー(集平註:話し忘れましたが、試合を盛り上げるために相手の技を受けるのがプロレスラーです。勝つために相手の技をつぶすのが格闘技)。負けた方が実は強いんじゃないか、観客は試合に隠されたものを解読しようとします。そんなところも絵本とプロレスは似ています。

講義部分でお話しされた、絵は文に勝つというところをもう少し教えてください。ブン(文)くんは男たちのように頭でっかちで固い、エ(絵)ッちゃんは女たちのように感覚的で生理的で自由、柔らかいと思います。で、たいてい最後は女が勝つのです。『見えない絵本』(1989年)で絵がない絵本という極端を考える必要がぼくにはあった。あのころのぼくは「初めに言葉があった」というヨハネ福音書を前に頭を抱えていたんです。

挿絵を自分で描かない理由は? 言葉だけで勝負する時には絵を封じてきました。挿絵は別の方に描いてもらう。文章で書けないところは絵で描けばいいという甘えを断ってきました。最近は自分で挿絵を描くこともあります。やっと吹っ切れてきました。

絵本の中で、背後に戦闘機が爆弾を落とし、戦車が教会を占領し、戦時体制が始まっても、だれも意に介しません。世界はいつもこういうふうです。『パイルドライバー』が出版された直後に地下鉄サリン事件が起こりました。新聞には「内戦勃発か」などというエキセントリックな記事もありました。絵本が予言みたいになってしまうことがたまにあります(集平註:『トリゴラスの逆襲』(2010年)を描いたあとの3・11もそうでした)。そんなことに落とし前をつけないまま今の日本があります。

最後には、やっと出版された決定版『はせがわくんきらいや』19刷のお話をして終了しました。

(齋藤)

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『にんげんがいじわるやからや』YouTube

『こじこじ年代記』トクサ文庫

『絵本デッサン小池さん』トクサ文庫




デビル雅美のすさまじいパイルドライバー。


見返しに描かれたパイルドライバー。


次々に技を繰り出すエッちゃん。


格闘家・西良典さんと集平。同い歳。


路傍の石文学賞授賞式会場に前田日明さんから花輪が届いた。木札はお宝。


『読了できない絵本たち』より。●クリックで拡大


『はせがわくんきらいや』19刷。ノドがよく開く。

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