N様

 先日、小社の社長宛にいただいたお手紙、たしかに拝読いたしました。これは、本来私がいただくべきお手紙でしたので、あえてお返事を書かせていただきます。
 申し遅れましたが、私は、お問い合わせの『音楽未満』の編集担当です(さらにリストにあった『絵本未満』の担当者でもあります。これは以前勤めていた出版社で退社前に出版したものです)。
 小社は、各編集部の編集長が出版企画に関する最終決定権を持っておりますので、今後は直接私宛にご連絡ください(現在、私が「書籍編集部」の編集長をつとめております)。『音楽未満』『絵本未満』二冊とも私の大好きな作品です。25年も編集者をしていますからもう300冊を越える本を造ってきました。そのなかでも、とてもこだわりのある二冊です。この二冊とも品切で増刷できないというのは本当に身を切られるような思いです。そんな本が私の場合でも、何十冊もあるのです。
 なぜか。売れないからです。注文がこないかぎり書店には出荷できないからです。何度「馬鹿な」読者を恨んだかしれません。でもこれは編集者にとって禁句です。やはり読者は鏡なのですから。
 現在の出版をめぐる情況を直視すればご要望にお応えする道は三つしかありません。

 1 最低二千部の予約注文を集める
 2 現出版社以外から装を改めて再出版する。あるいは文庫という形で再刊する。
 3 仲間と協力して自費出版する。

 これが現実だと思います。われわれは自由競争の時代を生きているのですから、良くも悪くもその現実を引き受けなければならない。25年の間、「売れない本ばかり造る編集者」と何度も陰口をたたかれてきた編集者としてそう思います。私の造ってきた本の五分の四は絶版です。これは日本ばかりではなく世界の現実です。「あんな下らない本が書店には溢れているのに」の言うのは簡単ですが、著者も編集者も読者も戦いつづけなければならない。一読者としていえば、私はどうしても読みたい本が見つからなかった経験はほとんどありません。古本屋というのはやはり偉大な文化だと思います。
 つまらないことを書きつらねていますが、結論は、小社で増刷することは現段階では不可能だ、ということです。私見ですが、先ほど申し上げた1と2も難しいと思います(カラー印刷というネックがあるのです)。3の方法ならひょっとしたら500部でも可能かもしれません。但しその場合、小社がフィルムを無料で提供する、ということが前提になります。(これは私の一存では決定できません)
 ご期待にそえなくて申し訳ありません。何かありましたらいつでもご連絡ください。

  1997年2月10日
 マガジンハウス書籍編集部
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