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師曰く●海底針(ハイディゼン)の身体を沈めるときの右手──ビールを注ぐようにやさしく。
──師範科のYさんから聞いた話です。 投稿者:km
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師曰く●感謝しながら、友と仲良くすること。怒るな、愚痴をこぼすな、過去を振り返るな、夢は先に、人のために善をなせ。
──師範審査者へのはなむけの言葉。 投稿者:六郎
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師曰く●立禅──足心(土踏まず)から2メートルも3メートルもあるような長い根っこを生やして自分が一本の木になったようなつもりで立ちます。
投稿者:km
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師曰く●いつも柔らかい物ばかり食べていないで、たまには固いものも食べなくてはいけませんよ。
──第五段錦に辛そうな顔をしている弟子たちに向かって。 投稿者:km
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師曰く●十字手(シツシォウ)は、大宇宙に挨拶をするんですよ。
-----24式を始める前に十字手をするのは楊名時の独創です。 投稿者:kiyomi
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師曰く●始まるまでは小心翼々、行事の本番は大胆不敵に。細かいところまで気を配って準備しなければならないが、ことが始まれば細かいことにこだわっていてはいけません。勢いを持つのです。
──94年全国大会の準備中に。 投稿者:kiyomi
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師曰く●太極拳は見るものじゃない、するものですよ。まっすぐ前を見てやりなさい。
──教室で稽古中に振り向いて先生を見ていたら、演舞しながら注意された言葉です。先生は模範演舞はなさらなかった。私が目撃したのは、旅先のお寺の境内でふと舞われた不老拳の一度だけでした。投稿者:km
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師曰く●皆さんは疲れていますよ、ゆっくりと休んでいってください!
──箱根の指導者研修会で。研修会で疲れを取る、まさに健康太極拳の神髄。 投稿者:kiyomi
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師曰く●どちらでもいいよー。
──師範審査の講評で、来賓の師範が「最後の収勢で印を結ぶ時には小指を丹田につけなさい。楊名時先生からそう教わりました」と注意された。その時、名時先生がこう言われました。太極拳を舞うことは手段であって目的ではないので、あまり形にこだわらないことだと受け止めました。楊名時先生の「どちらでもよい」は自分で考えなさいという意味だと先輩師範から聞きました。投稿者:六郎
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師曰く●稽古した回数ではなく、一回一回心を込めて演舞することが大切です。
──同学が「今年は一年に365回太極拳を舞いたい」と先生に話した時の言葉。ややもすると漫然と稽古してしまう。思い出しては戒めています。投稿者:六郎
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師曰く●見ていないで一緒に舞いなさい。
──教室に楊名時師家が来られると、他の教室からも先生の演舞を一目見ようと大勢がやってきます。こんな時、先生は決まってこう言われた。見て覚えることより、一緒に演舞して感じることの大切さを教わった。投稿者:六郎
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師曰く●攬雀尾(ランチュエウェイ)は目の見えない人が水面を探る様子です。
師曰く●攬雀尾(ランチュエウェイ)は目の見えない人が水面を撫でるように。
──攬雀尾について、さらにふたつの投稿がありました。美しいみっつの表現は、水面を探る(手を引き寄せる)→水面を撫でる(円を描く)→水中の魚を捕まえる、という一連の流れを指していると思われます。言葉にするのが難しい動きを師家は詩的に語りました。「目の見えない人が」というイメージも詩的です。投稿者:ai と km
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師曰く●攬雀尾(ランチュエウェイ)は目の見えない人が水の中で魚を捕まえるような繊細な手の動きだ。
──師家に直接教わった奥山実師範から習いました。現在では精神的なことより「手偏に朋(ポン)」「手偏に履(リュイ)」「擠(ジー)」「按(アン)」で説明されることが多いように思います。それも大事かも知れませんが、型重視では楊名時太極拳の味わいが薄れ、武術に近くなると思っています。投稿者:ハナ
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師曰く●夫婦茶碗には驚きました。日本では女性は小食? 日本の女性はかわいそう。
ここの温泉、きょうは女性の方がたくさんいます。男風呂と女風呂を逆に使いましょう。
──1985年 箱根の合宿で。 投稿者:km
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師曰く●心を亡ぼすと書いて忙しいと読みます。日本に来て挨拶で「お忙しいですか」と聞かれた時には驚きました。「あなたは心が亡んでいますか」ですよ。
忙しい時は心が亡んでいる。だから、忙しい時には旅に出よう。
投稿者:km
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師曰く●あなたたち結婚披露宴をしていない? それはいけない。今からここでしましょう。私が司会をします。
──2003年 長崎県支部設立祝賀会で。 投稿者:集平
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師曰く●ぼくはこれを生業にしてほしくないと思ってるんです。そうでないと方向を誤りますよ。ぼくもそうですからね。
──いつか数人で食事をご一緒したとき。 投稿者:kiyomi
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